当社の強み豊富な実績と歴史

無電柱化の豊富な実績

これまで、無電柱化の独立系企業として近畿圏を中心に無電柱化を実施してきました。
関西でのシェアは40%。現在、日本全国に無電柱化事業を拡大中です。

無電柱化の工事実績

No. 都道府県 開発名 規模
01 大坂府 枚方市 香里が丘1丁目4無電柱化整備(設計・施工) 2016/11~ 47戸
02 千葉県 印西市 印西市牧の原宅地開発に伴う無電柱化計画(設計・設計監理) 2016/11~ 281戸
03 茨城県 つくば市 つくば市学園の森宅地開発に伴う無電柱化計画(設計) 2016/09~ 100戸
04 千葉県 印西市 ザ・グレーシオン印西牧の原(設計・設計監理) 2016/01~ 114戸
05 千葉県 船橋市 ルネテラス船橋(設計・施工) 2016/01~ 34戸
06 茨城県 つくば市 コモンステージつくば竹園(設計) 2015/11 25戸
07 大阪府 茨木市 タマスマートタウン 茨木/メインストリート地中化(設計・施工) 2010/3/~ 577戸
08 愛知県 日進市 ピュアステージ 日進赤池(設計) 2014/12 16戸
09 愛知県 あま市 ピュアステージ あま木折Ⅱ(設計) 2014/03 30戸
10 岐阜県 岐阜市 ピュアステージ 宇佐Ⅲ(設計) 2013/10 30戸
11 大阪府 茨木市 シエルセーヌ茨木花園 2011/05 54戸
12 大阪府 枚方市 津田山手ビスタヒルズ 2008/11 90戸
13 大阪府 茨木市 彩都ガーデンヒルズ やまぶき/メインストリート地中化(施工) 2008/11 45戸
14 大阪府 和泉市 パークヒルズ和泉中央公園通り/メインストリート地中化(施工) 2008/11 237戸
15 大阪府 枚方市 レオグランデ枚方中宮 (施工) 2007/03 79戸
16 大阪府 東大阪市 ドリームハウス菱屋西プレミアムコート 2006/12 25戸
17 大阪府 枚方市 シエルセーヌ香里ヶ丘/一部地中化(施工) 2006/04 57戸
18 大阪府 豊中市 ドリームハウス旭丘 2005/07 45戸
19 大阪府 枚方市 レオタウン香里ヶ丘(一部地中化) 2005/06 17戸
20 大阪府 箕面市 シエルセーヌ小野原 2004/07 53戸
21 大阪府 高槻市 シエルセーヌ阿武山公園 2004/07 73戸
22 兵庫県 三田市 スーペリア三田 2004/02 28戸
23 大阪府 和泉市 ソレイユ光明池 2003/12 49戸
24 京都府 宇治市 宇治琵琶台緑風苑 2003/03 30戸
25 大阪府 箕面市 サンクチュアリ・ヒル箕面 2003/03 13戸
主要取引先

アンフィニィホーム株式会社、大阪ホーム販売株式会社、大林新星和不動産株式会社、株式会社大本組、株式会社サンユー都市開発、一般財団法人住宅生産振興財団、吹田市、積水ハウス株式会社、総合地所株式会社、高橋開発株式会社、株式会社拓伸、タマホーム株式会社、パナホーム株式会社、株式会社フジタ、ミサワホーム近畿株式会社、株式会社森組(敬称略)

ジオリゾーム無電柱化HISTORY

「無電柱化なんて、それは無理やで」思いおこせばこの言葉との闘いだったかもしれません。

NTTの電話線埋設工事をする会社として先代社長が創業。
先代は同業者が「難しいから無理」というような工事をよく引き受け、工期に間に合わす腕のいい職人気質の人でした。
阪神淡路大震災が発生した後の片付け復興では、朝の5時に大阪を出発、通常1時間で到着する距離を片道5時間かけて神戸に向かい、夜の10時に大阪に戻る、という毎日だったそうです。その年の11月、先代は突然病いに冒され、亡くなりました。
広告代理店で企画の仕事をしていた現社長が後を継ぎ、何度も危機がありながらもNTT工事を続けました。

きっかけは2003年・・・
大阪箕面市で住宅開発をされている社長から「電線のない住宅地にしたいんだけどお前の会社で出できないんか?」と相談を受けました。
やってみると行く先々で「無理」といわれる。投げ出しそうになるのを我慢して、ようやく電線のない街ができた時の喜びは何物にも変え難いものでした。

その後もコツコツと続けました。

電力会社のオール電化にしたら無電柱化無料、という独占禁止法にかかるような戦略、電線管理者子会社からのいわれのない誹謗中傷もありました。「あんな大きな会社がうちみたいに小さい会社をライバル視してるんちゃうの?」と笑いとばしましたが、はらワタが煮えくりかえる思いでした。
何件かの街づくりをお手伝いしていくなかで、無電柱化のツボも押さえられるようになりました。しかしご相談いただいても実現しなかった案件もありました。コストを下げるために材料を変えようとしても、電力会社の指定の高い材料しか使えない、・・・などできない理由が山のようにあったのです。
あまりにいろんなところで「それは無理」といわれ続けたため、いつしか、ただ「日本の電線、電柱を何とかしたい」という思いしかなくなりました。
思いは強くても「おたくみたいな小さい会社が本当にやれるの?」と言われ続ける状況には変わりありませんでした。電線管理者は圧倒的な力で、開発事業者が費用負担するといっても電線管理者がやらないといえばやれなかったのです。

その中で続けてこれたのは、電線のない街づくり支援ネットワークの方々の励ましでした。同じ日本の電線電柱をなんとかしたい!と思っている方々で、毎月一度、自分たちに何ができるか。
どうすれば変わるかを、真剣に議論を重ねているうちに、自分もなんとかしたいと思っていたという同志たちが少しずつ増え、なんとかなる!と確信するようになってきました。
ジオリゾームのような小さな会社でも同志の励ましでくじけずにいることができたのです。
気持ちが強くなっても、状況はあまり変わりなく、10年たっても芽が出ない事業に社内でも、もう事業としてやるのは無理なのでは?と撤退論まで出ました。そんなときは、いま、コップに水を入れていて、いつ水が溢れるかわからない。でも自分は明日水が溢れると信じている。と説得しました。

そして・・・今

2016年12月、念願の無電柱化推進法案が成立しました。
法案の成立後、東京都を皮切りに各地方においても条例制定など無電柱化推進の動きが加速しています。今後、低コストの技術開発も進み、日本にも安全で美しい街が増えていくでしょう。
私たちは無電柱化がまだ見向きもされなかった時から取り組み続けた会社として、今後も無電柱化で安心安全なまちづくりを日本のトップランナーとして推進していきます。