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無電柱化コラム

2017.10.19

歴史まちづくり:大津百町の無電柱化で旧東海道のにぎわいを今に!

大津百町:無電柱化(電線地中化)で旧東海道のにぎわい再生へ

大津百町とは

滋賀県大津市は都市再生のために、大津市中心市街地活性化基本計画という計画をたて平成20年9月から平成25年3月までの大がかりな事業を行っていました。

大津市の中心街は古くより琵琶湖の水運と東海道、北国海道(西近江路)が交差する交通の要衝であったことから、中世・江戸時代より京都・大阪方面に米・海産物を取り次ぐ問屋街、東海道の宿場町として繁栄していきました。そして元禄時代当時に宿場、門前町として発展した旧大津の賑わいを当時あった町の数が100あったことにちなんで「大津百町」と称しました。

大津市百町の歴史と特性

▲三井寺

江戸時代後期には旅籠屋71軒、本陣2軒、脇本陣1軒があり、1万8700人もの人口を擁した東海道屈指の都市でもありました。
大津百町は、1586年頃の城下町の中にすでに何町かの町名が存在していました。その後1600年関ヶ原の戦いで大津の町が焼けた後、商業都市として再生させようと、離散した住民を呼び戻し、通り沿いに町家が作られていったことから発展してきました。大津百町は、湖岸に並ぶ荷揚げ場や石場の港を中心とした港町、旧東海道の八丁通りと礼の辻を中心とした宿場町、大門通周辺を中心とした三井寺の門前町として発展していきました。そして以前は城下町でもあったことも含めれば、多様な町の成立要素が重層的に都市形成の背景となっており、そのことが他に類を見ない歴史的な価値をもつ都市となった所以であるといえます。

 

無電柱化計画について

コスト面から今の段階で大津百町全域を無電柱化(電線地中化)することは厳しいため、将来的には大津市百町全域への波及を目指しつつ、まずその動機付けとなるよう、旧東海道を軸とした整備方針をたてています。そこでまず、旧東海道そのものの道について歴史的な位置づけして印象を強く打ち出すことを狙って、無電柱化するとともに路面の舗装や案内・説明板などにより統一した修景を行います。そして並行して沿道の建物についても修景を促します。地域の人の生活に配慮するため約200mずつに分けて事業化をしていく予定です。